天測運勢台Observatory of Fortune
Reading  /  No.0322026.08.28

腕を組む、目が泳ぐ、左に曲がる——しぐさの意味は、誰が決めたのか

腕を組んでいるから拒まれている、目が泳いだから嘘をついている——しぐさには意味があるという読み方は、いつのまにか常識のようになりました。ただ、その辞書を誰が書いたのかは、あまり知られていません。よく知られた言い伝えを一つずつ取り上げて、元になった研究まで辿ります。

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8分
Topic
腕を組む、目が泳ぐ、左に曲がる、あくび、吊り橋効果
01

「腕を組む=拒絶」は、一冊の本から広まった

「腕を組む=拒絶」というイメージは、1970年に出版されたジュリアス・ファストの『Body Language』という本がきっかけで広まりました。この書籍は大変な売れ行きを示し、タイトルそのものが人間のしぐさと意味を結びつけて読む分野全体の呼称として定着しました。その後、1980年代以降には同様のテーマを扱う本が多数出版され、しぐさとそれに付随する解釈を一覧表にしたものが辞書のように参照できる形で提供されました。こうした流れは、身近な動作から心理状態を推し量ることを手軽にした一方で、実際には個々のしぐさと特定の心的働きが必ずしも一対一に対応しているわけではないことを示唆しています。

腕を組むという行為については、寒さを感じて体温を保とうとするためや、姿勢を楽にしたいだけの場合、あるいは考え事に集中して身体を落ち着かせる目的で行われるケースが報告されています。したがって、「拒絶」のサインだという読み方が必ずしも正しいとは限らないものの、現在までその解釈が誤りであると確実に証明されたわけでもありません。心理学的な実験データはまだ十分に蓄積されておらず、どちらかと言えば仮説段階にとどまっている状況です。

しぐさを専門的に観察する人々の多くは、一つの動作だけで結論を出すことは避け、前後の文脈や他の複数のサインと合わせて総合的に判断すると述べています。つまり、腕を組むというしぐさが必ず「拒絶」を意味するという固定観念は、ある時期に出版された本から広まった解釈であり、現在も実証的裏付けが不十分なまま人々の間で共有されていると考えられます。

02

考えるときに視線を外すのは、本当だった

難しい問いに答えようとするとき、人は相手の顔から視線を外すことが繰り返し観察されています。グレンバーグらが1998年に報告した研究では、成人が難しい計算や言葉の推論に取り組む際、相手の顔だけでなく画面に映し出された問題からも視線を外すことが確認されました。この行動は、目の前から入ってくる情報を一時的に遮断し、頭の中で記憶を呼び起こしたり言葉を組み立てたりする作業に集中するためだと考えられています。

ドハティ-スネドンらの研究によれば、5歳児はこのような視線の外し方をほとんど行わず、小学校入学直後から数年間で急激に増加します。8歳頃になると大人と同程度に頻繁に使うようになることが報告されています。したがって、視線を外すというのは生まれつき備わった反射ではなく、後天的に身につく技術である可能性が高いです。

相手の目を見ることができない状態は、失礼や恥ずかしさと結びつけられがちですが、実際には単に「考えている」合図として機能している場合があります。こうした視線の外し方を理解すれば、相手が黙り込んだときでも焦らずに見守ることができ、コミュニケーションの誤解を減らせるかもしれません。

03

ただし、どちらを向いたかは関係なかった

視線が右上を向くと作り話、左上を向くと思い出しているという見分け方は、自己啓発の技法である神経言語プログラミング(NLP)から広まったものです。この手法について、ワイズマンらが2012年に三通りの方法で実証的に検証し、その結果を学術誌PLOS ONEに掲載しました。

まず一つ目は、嘘をつく人と本当のことを言う人の視線を映像で記録し、右上・左上という型が合致するかどうかを調べたものです。この実験では、期待されたパターンと実際の結果に一致が見られず、合わなかったと報告されています。次に二つ目は、この見分け方を教えたグループと教えていないグループに対し、嘘を見抜くテストを行ったものです。両者の成績に有意差が出ず、教えることで検知能力が向上したという結果は得られませんでした。三つ目は、世間の注目を集めた記者会見の映像を集め、後に嘘と判明した発言とそうでない発言の視線パターンを比較したものです。この分析でも、右上・左上という方向に意味があるかどうかの差は出なかったとされています。

以上の三通りすべてについて、期待された視線の向きと内容との関係は支持されませんでした。実際には人は時折視線を外すことがありますが、その外し方に特定の意味を付与したのは後から加えられた解釈であり、自然に成立している規則ではないと考えられています。したがって、どちらを向いたかは嘘や思い出しを判断する上で信頼できる指標とは言えません。

04

左に曲がるのか、右に曲がるのか

日本では、追い立てられた人は左に曲がるという言い伝えが広く知られています。人気漫画『名探偵コナン』の2020年のエピソードにも、悪役がこれを口にする場面があり、そこで知った人も多いようです。商売の現場でも人は左回りを好むとされ、店内の通路がそのように作られることがあります。理由として「心臓が左側にあるから」や「利き足が右だから」といった説明が添えられますが、はっきりした根拠があるわけではありません。しかしアメリカの小売業界では逆に、客は入店時に右へ曲がると想定し、販売したい商品を右側に配置するとされています。つまり同じ人間の習性が、文化や産業によってまったく異なる方向で語られているわけです。

このような言い伝えは実証的に確かめられたものではありませんが、歩行そのものが直線を保てないことは研究で確認されています。ソウマンらは2009年にサハラ砂漠とドイツの森という全く異なる環境で数時間人々を歩かせ、衛星測位(GPS)によって経路を記録しました。その結果、太陽や月が見えている間はほぼまっすぐ進めたものの、雲に隠れた瞬間から本人も自覚しないうちに円を描き始めました。さらに目隠し状態で歩かせると、円の回転ははっきりと強くなったものの、曲がる向きは人によってばらばらであり、同じ人物でも繰り返すたびに変わりました。また左右の脚力差や、片方の靴底を12ミリ厚くした場合でも曲がり方向に一定の傾向は見られませんでした。つまり「まっすぐ歩けなくなる」こと自体は確かめられていますが、左へ行くか右へ行くかといった決まった向きがあるという主張はまだ検証されていないのです。これらの実験結果は、文化的に語られる「左回り」や「右回り」の説が必ずしも生理学的根拠を持つわけではなく、むしろ環境や視覚情報の有無が歩行パターンに大きく影響することを示唆しています。

05

足の向きより、開いているかどうか

足先がどちらを向いているかで相手への関心度が分かる、という見方は広く出回っています。ただし「足の組み方から気持ちが分かる」といった具体的な対応づけを裏付けた研究は見つかっていません。足先の向きだけで読み取ろうとすると、寒さや服装の都合、単に楽だからという実用的な理由が混ざり込みやすく、結果として「どちらが好きか」を判断する根拠にはなりにくいのです。

それに対し、姿勢全体を大まかに二つに分ける見方——手足を広げて空間を占める「開いた」姿勢と、身体を縮こませた「閉じた」姿勢——では、効果が測られています。2016年に米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載された研究では、スピードデーティングの映像から参加者の姿勢を評価し、開き方が一段階上がるごとに相手に選ばれる確率が76パーセント高くなることが報告されました。また同じ実験で、出会い系サイトのプロフィール写真も比較したところ、開いた姿勢で写っている画像はそうでないものより27パーセント多く「はい」の返事を得たとされています。

これらの数値は男女ともに見られ、相手が頼りになる印象を与えることが一因と考えられています。つまり、足先の微細な向きよりも、全体として「開いている」かどうかという雰囲気の方が、他者から好意的に受け取られる可能性が高いと言えるでしょう。しぐさは個々の文字を読むように細部まで分析するより、文章全体のトーンを感じ取る感覚に近いかもしれません。

06

「目をそらす=嘘」は、世界でいちばん信じられている

2006年に行われた大規模な国際調査では、75か国・43言語の研究者が共同で「人が嘘をついているとき、どうすれば分かるか」を尋ねました。その結果、最も多く挙げられた答えは「目をそらす」でした。全体の約64パーセントがこの答えを挙げ、58か国中51か国で最も多い答えになりました。この数字は、一つの文化だけに限った慣習ではなく、世界的にほぼ同じ認識が共有されていることを示唆しています。

同年に別途公表された分析では、206件の文献と24,483人分の判断データを集めました。その平均正答率は54パーセントで、嘘を見抜く確率は47パーセント、本当のことを本当だと判定する確率は61パーセントでした。つまり、人がどれだけ的中できるかという実測値は、単なる推測や偶然に近い水準であり、訓練された専門職でも大きな差は出ません。

さらに、視線を外す行為自体は「考えているとき」に起こりやすいことが確認されています。したがって、世界中で最も信じられている目の動き=嘘という手がかりは、実際には別の心理状態—たとえば情報を整理しようとしているだけ—を示している可能性があります。この点から、目線の変化だけに頼る判断は慎重になるべきだと言えるでしょう。

07

あくびは、退屈の証拠か

あくびは昔、酸素が足りなくなるから出ると説明されてきました。しかし実験ではその考えは裏付けられませんでした。プロヴァインという研究者が1987年に行った調査では、純粋な酸素を吸わせても、二酸化炭素の濃度が高い空気を吸わせても、あくびの回数は変わりませんでした。このとき呼吸の速さは変化したものの、あくびだけは一定だったことから、酸素不足とは別の仕組みで起こると考えられています。さらに運動をさせて呼吸回数を倍にしても、あくびは増えませんでした。

また、あくびが出る場面は退屈だけではありません。初めて降下する落下傘部隊の兵士や、競技直前のオリンピック選手、舞台に立つ前の演奏者、さらには襲いかかる直前の犬にも見られます。これらはすべて、何か新しい状態へ移ろうとする瞬間です。

現在広く受け入れられている説明では、あくびは「状態が切り替わる」直前に出る現象だと言われています。眠りから覚醒へ、あるいは一つの活動から別の活動へ移行するときに起こりやすく、その変化を助ける働きがあると考えられています。したがって同じあくびでも、退屈な瞬間の前にも、人生で最も緊張する瞬間の直前にも現れることがあります。観察者はしばしば「退屈している」と解釈しますが、体側から見ると単に次の状態へ切り替えるサインを送っているだけかもしれません。

08

吊り橋効果——人は、自分の体さえ読み違える

1974年にカナダで行われた実験では、揺れる吊り橋と低くて頑丈な橋の二つを用意し、そこを渡った男性に女性の調査員が声をかけました。絵を見せて短い物語を書いてもらい、最後に電話番号を渡すという手順です。その後、吊り橋で番号を受け取った18人のうち9人が相手に電話をかけ直したのに対し、頑丈な橋では16人中2人しか連絡しませんでした。また、吊り橋側の書いた話には性的な表現が混じる割合も高く報告されています。研究者は、揺れる橋で体が高ぶったことを「相手への好意」と取り違えたのだと説明しています。ただし、この実験では参加者自身がどちらの橋を渡るか選んだため、もともとの性格や感情の違いが結果に影響している可能性は残ります。

その後1981年にホワイトらが条件を統一した形で再調査し、運動などで身体的な高ぶりを起こした状態から相手と会わせたところ、もともと魅力的だと思っていた人物はさらに好まれ、そうでない人物は逆に嫌われました。笑いを誘うテープでも、不快な映像でも同じ結果が得られたことから、高ぶりそのものが好意を生むというより、すでに抱いている印象を強めるほうに働いたと考えられます。つまり、揺れる橋や運動で生じた高ぶりは、体の側から見れば「高ぶっている」という状態でしかありません。それが何なのかは、あとから本人が決めています。