宇宙天気は株式市場を動かすのか
検証ラボ — 日経平均63年分 × NASAの宇宙天気データで「因果」を探した記録。一度は「発見」が出て、そして消えるまで。
結論を先に言うと、現代のデータからは効果は見つかりませんでした。このページは「見つからなかった」という結果を、見つからなかった過程ごと正直に公開する読み物です。投資助言ではありません。
1. 「磁気嵐の後は株が下がる」という研究は実在する
オカルトの話ではありません。2003年、米アトランタ連邦準備銀行のワーキングペーパーで「地磁気嵐の後の数日間、株式リターンが有意に低い」という分析が発表されました(Krivelyova & Robotti)。理屈はこうです。磁気嵐は睡眠や気分に影響するという報告があり、気分が沈んだ投資家はリスクを取りたがらなくなる。だから嵐の後は市場全体が弱含む——いわゆるムード仮説です。取引所のある街の天気(日照)が当日のリターンと相関するという有名な研究(Hirshleifer & Shumway)も同じ系譜です。
当サイトは宇宙天気を占いの「観測条件」として毎日表示しています。ならば、この仮説を自前のデータで確かめない手はありません。しかも太陽と地磁気には検証上の大きな利点があります。経済が太陽を動かすことは絶対にないので、もし時間差の関連が頑健に見つかれば、向きは自動的に「宇宙→市場」に確定するのです。
2. 検証の設計
使ったのは、日経平均の1963〜2026年(15,718営業日)と、NASAが公開する宇宙天気の観測値(地磁気の乱れを示すKp・Dst、太陽活動のF10.7)。手法は3本立てです。
- イベントスタディ — 磁気嵐(Kp≧5などの3定義)の後1〜3営業日のリターンと「荒れやすさ」(リターンの絶対値)を、通常の日と比較。偶然かどうかは、系列の癖を保ったままフラグだけをずらす置換検定(4,000回)で判定
- Granger検定 — 「市場自身の過去だけで予測した場合」と「宇宙天気の過去も足した場合」で予測が改善するかの統計検定
- プラセボ検査 — 同じ検定を逆向き(市場→宇宙天気)にも実施。物理的にあり得ない方向で「有意」が出たら、手法自体を疑うという健全性チェック
3. 結果その1 — 方向は当てられない
まず、翌日の市場が上がるか下がるか(方向)への効果は、どの手法でも完全にゼロでした。磁気嵐の後もリターンの平均は変わらず、Granger検定も沈黙。先行研究が主張した「嵐の後は下がる」は、日本市場の63年分では再現できませんでした。
4. 結果その2 — 一度は「発見」が出た
ところが、「荒れやすさ」(ボラティリティ)を見た瞬間、景色が変わりました。
| 宇宙天気 → 市場(Granger検定のp値) | 方向(リターン) | 荒れやすさ(|リターン|) |
|---|---|---|
| 地磁気 Kp | 0.207 | 0.001 |
| 地磁気 Dst | 0.409 | 0.003 |
| 太陽活動 F10.7 | 0.975 | 0.055 |
p=0.001。今回の検証では合計18本の検定を走らせているので「偶然の当たり」も出得ますが、それを補正する厳しい基準(p<0.003)でも生き残る数字です。プラセボ(逆向き)はきれいに全滅なので、手法の偽陽性でもない。地磁気の乱れには、数日先の市場の荒れやすさに関する情報が含まれている——そう結論したくなる瞬間でした。
5. 結果その3 — そして消えた
ここで浮かれずに、頑健性チェックを行いました。季節調整(地磁気は春分・秋分に強くなる癖があるため)、効果の向きの確認、そしてデータを前半と後半に割っての再検定です。
| 荒れやすさへの効果 | 全期間 | 前半(1963〜1994) | 後半(1994〜2026) |
|---|---|---|---|
| 地磁気 Kp | p=0.001 | p<0.0001 | p=0.52(消滅) |
| 地磁気 Dst | p=0.003 | p<0.0001 | p=0.34(消滅) |
有意性はすべて1994年以前のデータに由来し、直近30年ではきれいに消えていました。おまけに効果の向きは「嵐の後はむしろ静か」という、仮説とも直感とも逆向き。古いデータでだけ光って見える、現代では再現しない——これは金融研究の世界で「アノマリーの死」と呼ばれる、発表された異常現象がたどる典型的な運命そのものです。
6. この「失敗」から持ち帰ったもの
もし当サイトが「よく当たる」を売りにする占いサイトだったら、全期間のp=0.001だけを見せて「地磁気は市場を動かす!」と書いていたでしょう。数字は嘘をついていません。ただ、数字の見せ方で嘘をつくことはできてしまう。前半と後半に割るだけで消える効果を、明日の占いの根拠にはできません。
だから当サイトの立場は変わりません。宇宙天気も経済も、予測の道具ではなく「今日という日の実測の記録」として表示する。占いは当てるものではなく、意味づけとして楽しむ。60年分のデータで因果を探しに行って、手ぶらで帰ってきたこの検証は、その立場のいちばん誠実な裏付けだと思っています。
なお、太陽活動が高まると数日内に地磁気が乱れやすい——という「宇宙の中だけで閉じた因果」は、太陽風の物理としてよく知られた本物です。トップページの宇宙天気パネルは、そういう本物の観測を毎日お届けしています。
出典・関連ページ
- 宇宙天気データNASA/GSFC OMNI データセット(OMNIWeb Service)。Kp・Dst・F10.7の日次値。
- 市場データFRED® — Federal Reserve Bank of St. Louis。日経平均(1949年〜)ほか。
- 先行研究Krivelyova & Robotti (2003) "Playing the Field: Geomagnetic Storms and the Stock Market" / Hirshleifer & Shumway (2003) "Good Day Sunshine"。