天測運勢台Observatory of Fortune
Reading  /  No.0282026.08.25

シュレーディンガーの猫は、量子力学をほめていない

箱を開けるまで、猫は生きても死んでもいる——この有名な話は、たいてい量子力学の不思議さの証拠として紹介されます。ところがシュレーディンガー本人は、まったく逆の意図でこれを書きました。まず装置の中身を正確に辿ってから、占いとの意外な相似まで見ていきます。

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Topic
有名な思考実験は、実は量子力学への批判として作られたもの
01

まず、箱の中身を正確に

まず、シュレーディンガーが1935年に提案した思考実験は、実際に猫を使った実験ではなく頭の中だけで考えられたものです。密閉された箱の中には、一匹の猫と、ごく少量の放射性物質、放射線を感知する装置、そしてその装置が作動したときに瓶を割るハンマー、さらに毒が入った小さな瓶が配置されています。

この箱に入れられた放射性物質の量は、1時間という時間枠の中で原子が一つだけ崩壊する確率がちょうど半分になるように選ばれています。つまり、1時間後には「崩れる」か「崩れない」かが同じくらい起こり得る状態になると設計されています。

放射性物質が実際に崩壊すれば装置が作動し、ハンマーが瓶を割って中の毒が猫へと届き、結果として猫は死んでしまいます。一方、原子が崩壊しなければ装置は反応せず、瓶はそのままであり、猫は生きた状態が保たれます。しかし量子力学の記述に素直に従うと、1時間後の箱全体は崩れた状態と崩れていない状態が重なり合った状態になると言われており、そのため猫もまた生きている状態と死んでいる状態が同時に存在しているかのように表現できることになります。つまり、理論の記述を文字どおりに受け取るなら、箱を開けるまで猫がどちらなのかは書き下せない、ということになります。ここまでが、よく紹介される「シュレーディンガーの猫」の姿です。

02

シュレーディンガーは、量子力学をほめていなかった

ところが、この有名な箱は、量子力学のすばらしさや不思議さを示すために作られたものではありません。当時ひろく受け入れられていた解釈を文字どおりに押し進めると、現実離れした奇妙な結論にたどり着いてしまう——それを示すための例でした。

このとき問題にされたのは重ね合わせという状態です。微小な世界では粒子などが同時に複数の状態を持つことがありますが、そのまま猫のような大きなものに当てはめると、死んでいる猫と生きている猫が同時に存在するという不合理なイメージになります。シュレーディンガーはこの点を強調したかったのです。

つまり、箱の中の猫は量子力学を称える象徴ではなく、解釈そのものに対する反例として提示されたわけです。同じ1935年にはアインシュタインらも別の論文で量子力学の解釈に疑問を投げかけており、シュレーディンガーはアインシュタインと手紙のやり取りをしていました。

いまでは、この話は「観測が現実を作る」ことの証拠として紹介されるほうが多くなりました。作った本人の意図とは、ちょうど裏返しになっているわけです。

03

「観測」とは、誰のことなのか

「シュレーディンガーの猫」の話は、よく『人が箱を開けて見た瞬間に、生きているか死んでいるかが決まる』と紹介されます。この言い方だと、観測とは人間が意識で見ることだ、と受け取れます。

しかし、物理学でいう「観測」は必ずしも目に見えることではなく、箱の中に置かれた装置が放射線を感じ取った瞬間に起こる相互作用を指すとされています。これは、天体から届く光を望遠鏡のセンサーが受け取るようなものです。人が実際に箱を覗く必要はなく、装置と周囲の物質とのやり取りだけで状態が決まります。

したがって「誰かが見るまで世界は決まらない」という言い方は、この思考実験から必ずしも導き出されるものではありません。放射線を感知した装置の反応がすでに相互作用を起こし、猫の運命はその時点で確定すると考えられています。

つまり、観測に人間の意識は不要です。物理的な測定器具や環境との接触が「見る」ことと同等の役割を果たし、量子系の不確定さが具体的な結果へと変わります。この点を踏まえると、「見るまで決まらない」の「見る」は、人の目のことではなかったことになります。

04

では、なぜ現実の猫は重ならないのか

デコヒーレンスとは、あるものが周囲の環境とたくさん関わり合うことで、量子力学でいう「重ね合わせ」の状態がすぐに失われ、普通の見え方になることを指します。たとえば、静かな部屋でささやき声を聞こうとしても、外から入ってくる風や人の足音が次々に混ざり合うと、最初のささやきはすぐにかき消されてしまいます。そのように、環境との相互作用が多いほど、重ね合わせは速く「見えなく」なると言われています。

猫という生き物は体が大きく、空気中の分子や光の粒子、熱エネルギーと絶えず触れ合っています。つまり、周囲との関わり合いが非常に多いため、デコヒーレンスは極めて速く進むと考えられています。その結果、箱を開ける前から猫の状態はすでに一つに決まっている、と説明できるわけです。したがって、実際の猫が「生きても死んでも」同時に存在するというような奇妙な重ね合わせは起こりません。

しかし、もしも小さくて冷やされた系を作り、外部から切り離すことができれば、デコヒーレンスの影響はほとんど受けなくなります。実験ではそのような極めて閉じた環境で量子力学的な重ね合わせが確かに観測されてきました。つまり、ミクロな世界では本物の重ね合わせが残るものの、マクロな生き物は周囲との関わり合いが多すぎてすぐに古典的な見え方へと変わってしまうということです。この違いが、シュレーディンガーの猫が箱を開けた瞬間に「決まる」ように感じられる理由であり、量子力学そのものを否定するものではなく、スケールの差による自然な現象と捉えることができます。

05

占いも、開けるまでは決まらないのか

占いを読む行為は、箱の蓋を開ける瞬間と似ていると言われます。実際に書かれた内容を見るまで、その日の出来事がどんなものになるのか分からないという感覚が生まれるからです。しかし、仕組み自体は量子力学(微小な世界の法則を扱う理論)とは根本的に異なります。占いを読まなくても、一日は普通に流れ続けますし、猫が箱の中で同時に生きているか死んでいるかというような「重ね合わせ」(複数の状態が同時に存在していると考えられること)の状態になるわけではありません。

似ている点は、行為そのものの前後で私たちの世界の見え方が切り替わることです。占いを手に取ってページをめくると、その日の出来事を解釈するための枠組みが与えられます。同じ一日でも、受け取った枠が違えば記憶や感想はまるで別の日のように変わります。つまり、箱を開けた瞬間に「決定」されたかのように感じるのは、情報が外部から取り込まれたことによって私たちの認識が更新されるためです。

猫の例は、シュレーディンガー自身が当時の解釈の奇妙さを指摘するために作った思考実験でした。「観測が現実を作る」証拠として持ち出す人は多いのですが、本人が馬鹿げていると言ったのは例そのものではなく、その解釈を押し進めた先にある結論のほうです。もしそれでも「開けるまで決まらない」という感覚が残るのであれば、問題は物理的な確率ではなく、人間が意味をどう受け取るかという心理的側面にあると言えるでしょう。箱の中の猫が本当は何を問うた話だったのかを知ったうえで、それでも占いを開くときの、あのわずかな緊張を味わう——それはそれで、悪くない読み方だと思います。